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こんにちは、電八です。
SF映画ファンの皆さん、そして「未知との遭遇」に胸を躍らせるすべてのガジェット・書籍好きの皆さん。ついに、この作品を語る時が来ました。
今回は、本作を100倍楽しむためのポイントを、独自の視点で深掘りしていきます。
「SFって設定が難しそう…」「専門用語ばかりで置いていかれそう…」そんな不安を感じているあなたにこそ読んでほしい一冊であり、一本です
。この記事では、原作小説と映画版の両方の魅力を、科学的な裏付けから感動の友情物語まで、初心者にもわかりやすく、かつ深掘りしてお伝えします。
※注意:この記事にはネタバレが多分に含まれています。作品をご覧になっていない方にはオススメできません。
2026年公開のクリス・ミラー監督、脚本フィル・ロードのSF作品。
アンディ・ウィアーによる原作小説が発表されるやいなや、「『火星の人』を超える傑作」と世界中が震撼した同名小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。
ライアン・ゴズリング主演、そして『スパイダーバース』のフィル・ロード&クリス・ミラー監督コンビという最強の布陣で実写化された本作は、単なる宇宙サバイバルではありません。
これは、科学という「共通言語」が絶望を希望へと変える、人類史上もっとも孤独で、もっとも温かい友情の物語です。
未知の原因によって太陽エネルギーが奪われる異常事態が発生。このままでは地球の気温は低下し、全生命は滅亡する。この絶望的な危機を救う鍵が、11.9光年先の宇宙にあると突き止めた人類は、一縷の望みをかけて宇宙船を建造。中学校の科学教師グレースを送り込む。彼は知識を武器に、“イチかバチか”のミッション<プロジェクト・ヘイル・メアリー>に立ち向かうことになる。 宇宙の果て、極限の孤独のなかで、グレースが出会ったのは、同じく母星を救うためにひとり奮闘する異星人ロッキーだった。姿形、言葉も違う二人が、科学を共通言語に挑む、宇宙最大の難題。やがて育まれる種族を超えた友情の先で、二人が辿り着いた答えとは――。
Filmawksより引用
まず、この印象的なタイトルから紐解いていきましょう。「ヘイル・メアリー(Hail Mary)」とは、アメリカンフットボールにおいて試合終了間際、負けが込んでいるチームが一か八か、神に祈るような気持ちで投げるロングパスを指します。日本語で言えば「起死回生の一打」や「神頼みのロングシュート」といったところでしょうか。
本作の舞台は、太陽の異常な減光により、数十年以内に地球が氷河期に突入し人類が絶望的な飢餓に直面するという近未来。この滅亡の危機を回避するため、たった一つの可能性を求めて宇宙へと放たれた有人探査船ヘイル・メアリー号が、まさに人類が投じた「ヘイル・メアリー・パス」なのです。
主人公ライランド・グレースが背負わされたのは、全人類の運命。しかし、彼に英雄的な自覚はありません。彼が挑むのは「勝算のあるミッション」ではなく、文字通り「成功の保証が一切ない、暗闇へのダイブ」。このタイトルの意味を知るだけで、物語の裏側に流れる切迫感と、そこにある微かな「祈り」の重みがより深く響くはずです。
原作での物語の幕開けは、SFファンならずとも引き込まれる最高のミステリーから始まります。 主人公が目覚めたのは、真っ白な宇宙船のベッドの上。体中には管が通され、そばには二つの死体。そして何より恐ろしいのは、彼が「自分の名前すら思い出せない」という重度の記憶喪失に陥っていることです。
「ここはどこだ?」「自分は何者だ?」「なぜこの死体と一緒にいるのか?」
グレースは、目の前にある断片的な情報から、論理的な思考と科学的な実験を繰り返すことで、一つずつ真実を「アンロック」していきます。例えば、水の揺れ方から重力の強さを測り、そこが地球ではないことを導き出す――。このプロセスは、まるで脱出ゲームや良質なアドベンチャーゲームをプレイしているような知的興奮を与えてくれます。
断片的に蘇る回想シーンと、宇宙船内での「現在」が交互に描かれる構成により、私たちはグレースと共に「自分たちがなぜここに送られたのか」という残酷で壮大な真実へと近づいていくことになります。
アンディ・ウィアー作品の凄みは、その「リアルな科学」にあります 。
「科学は苦手…」という方もご安心を。映画では視覚的に、小説ではグレースのユーモアを交えた解説で、直感的に理解できるよう工夫されています
SF映画において、設定のリアリティは没入感を左右する生命線です。本作で唯一の「嘘(架空の設定)」として登場するのが、太陽のエネルギーを吸収して増殖する超小型生命体「アストロファージ」です。
アストロファージは熱やあらゆる周波数の電磁波を完全に吸収し、そのエネルギーを再び赤外線として放射することでロケットのように宇宙を移動している単細胞生物です。
見た目は真っ黒な点々です。
つまり、熱や電磁波を食べて自分のエネルギーとします。余った分は貯蔵しておくという性質を持っています。
莫大なエネルギーを蓄えているので、これをロケットエンジンとして利用してヘイル・メアリー号は亜光速で飛行する事が出来るようになります。
しかし、このアストロファージの生態を除けば、物語を動かすロジックはすべてガチガチの物理学に基づいています。
グレースが直面する課題――燃料の計算、光速に近い移動による相対性理論の壁、そして生命維持。これらを解決するのは魔法の道具ではなく、アインシュタインの掲げたE=mc^2 という数式です。エネルギーと質量は等価であるというこのシンプルな真理が、絶望的な距離を隔てた宇宙で「希望の燃料」へと姿を変える瞬間は、科学好きならずとも鳥肌が立つはずです。
「電八ぶろぐ」読者の皆さんには、劇中の実験シーンでグレースが手にするアナログな測定機器や、宇宙船内の配線、計算機といったディテールにも注目していただきたい。
ハイテクなUIに頼り切るのではなく、「今ある道具で何ができるか」を必死に考える姿は、最高にクールなDIY精神に溢れています。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』に登場する謎の微生物「アストロファージ」について深掘りします。
物語の鍵を握るこの存在が、なぜ現実世界における「核(原子力)のメタファー」と言われるのか。その背景を4つの視点から解説します。
アストロファージの最大の特徴は、アインシュタインの相対性理論に基づいた圧倒的なエネルギー効率です。
理論上の極致である「質量からエネルギーへの変換」を体現するアストロファージは、まさに究極の核燃料としての側面を持っています。
劇中では、アストロファージが持つ凄まじいパワーと、その制御に失敗した際の悲劇が描かれています。
わずか数グラムのアストロファージが、20トンの鉄を一瞬で溶かすほどの熱量を放出する。
実験中の事故で甚大な被害が出る描写は、人類が核エネルギーを御そうとして直面してきた**「制御不能な破壊のリスク」**に対する強い警鐘であり、核の持つ危うい二面性を象徴しています。
興味深いのは、人類がこの強大なエネルギーを「兵器」に転用しようとする議論が一切なされない点です。
アストロファージは太陽エネルギーを食い荒らし、地球を氷河期へと追い落とす絶望の元凶です。しかし同時に、そのエネルギーこそが恒星間航行を可能にする唯一の希望となります。
この「文明を滅ぼしうる脅威」と「文明を次へ進める力」が表裏一体となっている構造は、まさに現代社会における核エネルギーの功罪そのものです。
アストロファージは単なる便利なSFガジェットではありません。それは核という強大な力を手にした人類が、それをどう定義し、どう役立てるべきかという哲学的なメタファーなのです。
物語を通じて、科学の進歩と倫理のバランスを改めて考えてみてはいかがでしょうか。
この作品は突如、どこだか分からないところで昏睡状態からグレースが記憶を失った状態で目覚めるところから始まり、要所要所での回想シーンで失われた記憶が蘇ったという演出をしています。
プロジェクト・ヘイル・メアリーの計画準備からグレースが強制的にヘイル・メアリー号に昏睡状態で搭乗させられるところまでの、つまり地球でのシーンは蘇った記憶の回想シーンとして描かれています。
なので、過去と現在を行ったり来たりする構造になっているので、少し分かりづらいかもしれません。
ということで、ここで時間の流れとついでにプロジェクトについてを整理していきましょう。
物語の時系列と「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の流れを以下のテーブルに整理しました。
| ステージ | 主な場所 | 出来事およびプロジェクトの内容 |
|---|---|---|
| 1. 異変の発見 | 地球(過去) | 太陽の出力が指数関数的に低下していることが判明。太陽から金星へ伸びる赤外線の帯「ペトロバライン」が観測される。 |
| 2. 原因の特定 | 地球・金星(過去) | 無人探査機が金星付近でサンプルを採取。太陽エネルギーを喰らう宇宙微生物アストロファージを発見。 |
| 3. 計画始動 | 地球(過去) | エバ・ストラット指揮下で「プロジェクト・ヘイル・メアリー」が発足。アストロファージを燃料とした超高速エンジン「スピン・ドライブ」を開発。 |
| 4. 調査対象の選定 | 地球(過去) | 近隣の恒星が次々と暗くなる中、唯一輝きを失わないタウセチに解決のヒントがあると推測し、目的地に決定。 |
| 5. 出航と事故 | 地球・宇宙(過去) | 訓練中の事故で科学担当のクルーが死亡。代役としてライランド・グレースが半ば強制的に薬で眠らされ、片道切符の宇宙船へ乗せられる。 |
| 6. 覚醒と自己分析 | ヘイル・メアリー号(現在) | グレースが記憶喪失状態で目覚める。科学的実験により、自分が地球ではない重力下にあり、宇宙船内にいることを突き止める。 |
| 7. 未知との遭遇 | タウセチ星系(現在) | 目的地に到着。同様に母星の危機を救うため飛来していたエリド星人の宇宙船「ブリップA」と遭遇。異星人ロッキーとの交流が始まる。 |
| 8. 共同研究 | ヘイル・メアリー号(現在) | 科学と数学を共通言語に、ロッキーと意思疎通を図る。タウセチが暗くならない原因であるアストロファージの天敵タウメーバを惑星エイドリアンで発見・採取する。 |
| 9. 絶望と品種改良 | タウセチ星系(現在) | タウメーバが窒素に弱いという弱点を克服するため、過酷な環境で生き残る個体を育てる「スパルタ教育」により品種改良に成功。 |
| 10. 究極の選択 | 帰還路(現在) | 改良したタウメーバがロッキーの船の素材(キセノナイト)を透過してしまい、彼の燃料が消失。グレースは地球への帰還を諦め、親友ロッキーを救う決断を下す。 |
| 11. 結末 | 惑星エリド・地球(現在) | 無人機(ビートルズ)により地球へ解決策が届き、太陽が輝きを取り戻す。グレースはロッキーの故郷エリドで、異星人の子供たちに科学を教える教師として生きる。 |
さて、本作の真の主役と言っても過言ではないのが、タウ・セチ星系で出会う異星人「ロッキー」です。
初めてその姿を見た時、皆さんは驚くかもしれません。彼は私たちが想像する「リトル・グレイ」のような人型ではなく、五本の脚を持つ蜘蛛のような、あるいは岩石のような異質な外見をしています。しかし、この見た目のギャップこそが、後半の感動を最大化させるスパイスなのです。
グレースとロッキー。種族も、呼吸する気体も、住む温度域も全く異なる二人が、どうやって意思疎通を図るのか?その答えは「科学と数学」です。
原作者アンディ・ウィアーの父親が物理学者で母親がエンジニアなのだとか。つまり両親の関係性がそのままグレースとロッキーには乗っかっている状態の設定という訳です。
数字に嘘はありません。音階のような言語を話すロッキーに対し、グレースはPCとソフトウェアを駆使して、一語ずつ単語をマッピングし、辞書を構築していきます。この「言語の壁をハックする」プロセスは、翻訳ツールやAIに慣れ親しんだ現代のガジェット好きにはたまらないカタルシスがあります。
そして、次第に明らかになるロッキーの性格。彼は驚くほど有能で、驚くほど「お節介」で、そして何より友好的です。宇宙の孤独の中で、二人が互いを「友人(Amaze!)」と呼び合い、ハイタッチを交わす姿は、SF史上もっとも愛らしいバディの誕生と言えるでしょう。
ロッキーの故郷である惑星エリド(エリダニ40星系の第1惑星)は、地球とは全く異なる地獄のような過酷な環境です。
この過酷な環境に適応するため、エリディアンは**「石と金属とガラス」**でできたような特異な身体構造を持っています。
エリディアンの平均寿命は地球時間で約689歳と長く、ロッキー自身も地球時間で291歳という高齢ですが、種族の中ではまだ人生の途中にあります
グレースとロッキーが共通言語を構築した過程は、**科学や数学という「全宇宙共通の真理」**を土台にした、非常に論理的かつ段階的なものでした。
その具体的なステップは以下の通りです。
このように、最初は原始的なジェスチャーから始まり、最終的にはデジタル技術と数学的・科学的リテラシーを駆使することで、「宇宙で最も熱い友情」を支える共通言語を完成させたのです。
主演のライアン・ゴズリングといえば、『ドライブ』や『ブレードランナー 2049』で見せた「寡黙でクールな男」をイメージする方が多いかもしれません。しかし、本作のグレースはそれとは真逆です。
彼は、自分がなぜ宇宙にいるのかを思い出したとき、戦慄します。彼は選ばれた勇者ではなく、恐怖に震え、時には逃げ出そうとした「あまりに人間臭い男」だからです。パニックになり、独り言を叩き、ロッキーの有能さに嫉妬すら覚える。
ゴズリングはこの役を演じるにあたり、「超人ではない、弱さを抱えた凡人が、いかにして勇気を振り絞るか」という点に執筆陣とこだわったといいます。
この「弱さ」があるからこそ、彼が最後に下す決断が重みを持ちます。自分の命よりも大切なもの、あるいは自分の居場所をどこに定めるのか。ライアン・ゴズリングの繊細な表情の変化が、広大な宇宙の孤独を、一人の男の成長物語へと収束させていくのです。
本作を「単なるSF」で終わらせない最大の要因は、グレースとロッキーの間に芽生える友情です。
| 特徴 | ライランド・グレース (地球人) | ロッキー (エリディアン) |
| 専門 | 分子生物学(元中学教師) | 優秀なエンジニア |
| 感覚 | 視覚・聴覚など | 聴覚(超音波)によるエコーロケーション。目は見えない |
| 言語 | 英語 | 音楽のような和音での会話 |
| 弱点 | 放射線、孤独 | 窒素(猛毒) |
全く異なる進化を遂げた二人が、互いの科学的知識を駆使して「母星を救う」という共通の目的のために協力する姿は、涙なしには見られません 。ロッキーの「ジョークが通じない」真面目さや、意外にチャーミングな振る舞いは、多くの読者を虜にしました 。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』において、主人公ライランド・グレースがミッションに選ばれた決定的な理由である**「昏睡耐性遺伝子(ソース内では「昏水体制遺伝子」と表記)」**について解説します。
この遺伝子は、長期間にわたる強制的な昏睡状態によって引き起こされる死や副作用を抑制する非常に稀な性質を持つものです。 プロジェクト・ヘイル・メアリーでは、数年に及ぶ宇宙航行中の精神崩壊を防ぎ、食料などの資源消費を最小限に抑えるために、乗組員を昏睡状態に置く必要がありました。しかし、この長期間の昏睡に耐えられる体質を持つ人間は極めて少なく、その確率はおよそ7,000人に1人と言われています。
グレースはもともと科学アドバイザーとして計画に参加していましたが、ストラット(計画責任者)が密かに行った血液検査により、彼がこの稀少な適正遺伝子の持ち主であることが判明しました。 訓練中の爆発事故で本来の科学担当クルーが死亡した際、代わりが務まる「科学の専門知識」と「昏睡耐性」を併せ持っていたのがグレース一人であったため、彼は本人の意思に反して半ば強制的に宇宙船に乗せられることになったのです。
重要な点として、この遺伝子を持っていれば100%生存できるわけではありません。 実際に、グレースと共に宇宙へ送られたヤオ船長とイルヒナも、この適正遺伝子を持っていたはずですが、航行中に供給システムの故障や確率的な不運などによって死亡しています。グレースだけが目覚めることができたのは、この遺伝子を持っていたことに加え、幸運が重なった結果であると考えられています。
この「自分が特別な適性を持っていたために、死のミッションに強制的に引きずり込まれた」という事実は、物語後半でグレースが自らの臆病さと向き合い、真の勇気を獲得していく過程で重要な意味を持ちます。
本作の映像表現において、監督コンビが下した最大の決断は「すべてをデジタルに頼らない」ことでした。特に異星人ロッキーの描写には、最新のCGIと、驚くほどアナログな「実物大パペット(操り人形)」が併用されています。
なぜ、あえてパペットなのか?それは、主演のライアン・ゴズリングが「そこに実在するもの」としてロッキーと対話するためです。グレースがロッキーの脚に触れ、共に作業するシーンに宿るあの「確かな温度感」は、実写ならではの魔法。ガジェット好きの視点で見れば、ロッキーの宇宙船の無機質な質感と、彼自身の生物的な動きのコントラストには、作り手の狂気的なこだわりが感じられるはずです。
また、IMAX画角をフルに活用した宇宙の描写も見逃せません。銀河の壮大さを描くと同時に、船内の狭く閉ざされた「密室感」を強調することで、観客はグレースが抱く孤独と、ロッキーという隣人を得た喜びを追体験することになります。
ここで少し、アンディ・ウィアーによる原作小説との違いにも触れておきましょう。 原作は、理系読者を熱狂させた「超緻密な科学サバイバル」が最大の売りです。例えば、劇中でカットされがちな「食料問題」。グレースが自作する通称「ミーバーガー(Me-Burger)」のエピソードは、科学的には非常に面白いものの、映画的なテンポを考慮して本作ではスマートに整理されています。
映画版が重きを置いたのは、科学の正確さ以上に「キャラクター同士の連帯」です。原作ではグレースの過去の「ある選択」がよりシビアに描かれていますが、映画では彼の葛藤と救済によりフォーカスしています。
もしあなたが映画を観て「あの科学的根拠をもっと知りたい!」と感じたなら、迷わず原作を手に取ってください。逆に、原作ファンの方は、文字でしか追えなかったロッキーとの「音階による会話」が、いかに音楽的で美しいコミュニケーションとして結実したかを確認してほしい。両方を補完し合うことで、この物語は真の完成を迎えます。
物語終盤、グレースは自分が「志願して英雄になった」のではなく、ストラットに強要され、泣き叫びながら宇宙へ送られたことを思い出します 。彼は決して完璧なヒーローではありませんでした。
ミッションを成功させ、地球に帰還する燃料も確保したグレース。しかし、ロッキーの母星を救うために必要な食料がアストロファージに食い尽くされるトラブルが発生します 。ロッキーを一人で帰せば、彼は母星に辿り着く前に餓死してしまいます。
ここでグレースは、地球への帰還を捨て、ロッキーを救うために引き返すという自己犠牲の道を選びます 。
大まかな違いは以下の様になります。
さらに『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の最終章における原作小説と映画版の主な違い、およびそこに込められたテーマの差異は以下の通りです。
総じて、原作はハードSFとしての論理的なカタルシスと生命の力強さを重視しているのに対し、映画版は孤独な魂が宇宙の果てで見つけた「友情と心の安らぎ」というエモーショナルな側面を強調したエンディングになっています。
映画版『プロジェクト・ヘイル・メアリー』でカットされた**「ミーバーガー(Me-Burger / 自分バーガー)」のエピソードは、原作小説の最終章において、主人公グレースが異星エリドで生き延びるための究極のサバイバル食**として描かれています。
以下に、その詳細とカットされた理由を整理して解説します。
グレースが地球への帰還を諦めてロッキーの母星「エリド」で暮らすことを選んだ際、最大の問題となったのが**「食料」**でした。グレースが持ち込んだ地球の食料は数年分しかなく、一方でエリドの動植物は重金属を含んでいるため人間にとっては猛毒でした。
この絶望的な状況を解決するために作られたのが「ミーバーガー」です。
原作において、このエピソードは単なるショッキングな設定ではなく、作品を貫く**「生命の連鎖」**というテーマを象徴しています。
映画版でこのエピソードが描かれなかったのには、主に3つの理由が考えられます。
最後に、「電八ぶろぐ」の根底にあるテーマ、「ソロ活動(ひとり)」という視点でこの物語を総括します。
主人公グレースは、地球にいた頃からどこか社会に馴染めず、孤独を抱えていた男でした。彼は人類を救うという大義名分で、文字通り「世界で一番孤独な場所」へと放り出されます。しかし、皮肉なことに、彼は宇宙の果てで自分と全く異なる、けれど同じ志を持つ「親友」に出会うことで、人生で初めての深い繋がりを手に入れます。
彼が物語の最後で下す決断。それは、自分の安全や地球への帰還よりも、友との約束を優先するものでした。
「家とは場所ではなく、誰の隣にいるかである」
このメッセージは、ひとりの時間を愛し、趣味やガジェットを追求する私たちにも深く刺さります。孤独を極めた先に、自分だけの「ロッキー」と呼べる存在(それは友人かもしれないし、生涯をかけた情熱かもしれません)を見つけることができたなら、その人生はもう絶望ではありません。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、科学が好きな人、孤独を知る人、そして「明日を変えたい」と願うすべての人に贈られた、今世紀最高のギフトです。
映画版『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観て、「ストラット(エバ・ストラット)の強引さに腹が立った!」と感じた方は多いのではないでしょうか。しかし、原作小説を読むと、彼女の行動には映画では語りきれなかった「深い納得の理由」と、主人公グレースへの「歪んだ、しかし確かな好意」が描かれています。
なぜ彼女は、あえて好意を持った相手に死の片道切符を渡したのか? その背景にある衝撃の事実を紐解きます。
原作では、ストラットがグレースに対して単なる仕事仲間以上の感情を抱いていることが示唆されています。周囲のクルーからは「ストラットのナンバー2」「二人は付き合っているのかと思っていた」と噂されるほど、彼女はグレースを側に置き、目をかけていました。
映画では「30年で人類が半減する」という危機が語られますが、原作の設定はよりシビアです。 科学的な試算では、もし世界各国が物資を分け合い、完璧に協力し続けたとしても、数十年で人口は半減します。
しかし、冷徹なリアリストであるストラットは確信していました。「そんな平和的な協力関係が続くはずがない」。数年以内には食料や燃料を奪い合う凄惨な戦争が世界中に広がり、地球は秩序を失った地獄と化すことが彼女には見えていたのです。の未来を守ったヒーローになります。たとえ死が確定していたとしても、「そのプロセスをどう生き、どう受け入れるか」に人生の価値を見出すという考え方は、SF作品における究極の自由意志の表現でもあります。
主人公ライランド・グレースは、実は「逃げ続けてきた男」として描かれています。
ストラットは、グレースがこのまま地球に残れば、甘い理想を抱いたまま戦争の波に呑まれ、惨たらしい最期を遂げることを予見していました。
ストラットがグレースを無理やり宇宙船に乗せたのは、彼に「尊厳ある死」と「ヒーローになるチャンス」を与えるためでした。
ストラットは、グレースが土壇場では必ず正しい選択をし、計画を遂行できる人物だと、誰よりも信じていました。
彼女の行動は、単なる「冷酷な独裁」ではなく、好意を持った相手に「地獄(地球)での無惨な死」を経験させたくないという、彼女なりの歪んだ慈愛の形だったと言えます。
この物語が傑作とされるのは、この複雑な心理を「安い恋愛ドラマ」に落とし込まず、全人類を救うという大義と、特定個人への執着を、科学的な合理主義の中で両立させた点にあります。
やはり尺の問題で、詰め込み気味にはなってしまっています。ただ、原作を読んでいない人からすると説明不足はあるかもしれませんが、物語の展開としてはテンポよく、進んでいくのでなかなか楽しめるのだと思います。
個人的にはやはりロッキーがかわいい!
ロッキーのデザインや生態もそうなんですが、ロッキー自身のキャラクターがせっかちだったり、奔放で子供っぽいところがあったり、でも天才的なエンジニアだったりと、ひとりぼっちのところにこんなキャラに出会ったらすぐにでも友達になりたいと思ってしまいます。
『2001年宇宙の旅』のHAL9000やインターステラーのTARSなんかとは違い、やはり感情がある分友達になりやすいと感じてしまいました。
原作は前半は記憶を失ったグレースが自分は誰なのか、ここはどこなのか?というのをサスペンス仕立てで進めていくのですが、映画ではここはだいぶ端折っています。配分的に出来なかったのだと思いますが、少し残念でした。
Sign of the Times 和訳 ハリー・スタイルズ/一部抜粋もう泣かないで
新しい時代の兆しだよ
僕たちはここから離れなければならない
ここから離れなければならないんだ
もう泣かないで
大丈夫
もう終わりが近いって彼らが言ったんだ
僕たちはここから離れなければならないんだ
もう泣かないで
君の人生の時が来たんだ
取り囲む物を壊してみて
物事がかなり良くなるよ
覚えていて、全てがうまくいくんだ
僕たちはまたどこかで会うことができる
どこか遠いところで
もし僕たちが学ぼうとしないなら、ずっとこのままだよ
なぜいつも抜け出せない、そして逃げてしまう
弾丸から
弾丸
もし僕たちが学ぼうとしないなら、ずっとこのままだよ
なぜいつも抜け出せない、そして逃げてしまう
弾丸から
弾丸
それからお気に入りなのが、ストラットのカラオケのシーンです。グレースに対しての責務と罪悪感がないまぜになった感情と歌詞がシンクロしているのもそうなんですが、なにより単純に歌がうまいです。
このシーンはストラット役のザンドラ・ヒュラーの歌声を聞いたライアン・ゴズリングが「是非歌ってほしい」と言って生まれたシーンなのだそう。
ザンドラ・ヒュラーは戯曲の経験などもあり、発声も美しいんですよね。
あと勝手な解釈なんですが、よくグレースとロッキーの関係を原作者ウィアー氏の両親(物理学者の父親とエンジニアの母親)を投影させているという解説を目にしますが、さらにプラスでストラットも母親を投影させているのだと思います。
ストラットはある意味、グレースを守るために宇宙に送り出しています。これはある種の母性の現れなのだとおもいます。
つまりグレースは原作者と父親、ロッキーとストラットは母親をそれぞれに投影しているのだと思います。
あと、予告編についてネットで結構問題になっていましたが、確かに異星人ロッキーとの「未知との遭遇」をネタバレしてしまった部分はあるけれど、それ以外の部分がすごく重要なため本編を見た時に感動が薄れるということもありませんでした。
自分は原作を読んでから、予告編も観てからの鑑賞でしたが、非常に楽しかったです。
2時間36分(156分)という長尺もあっという間でした。ほんとに面白かったです。
本作が多くの人の心を掴む理由は、ディストピアな状況にありながら、徹底して「ポジティブで、建設的な解決」を描いているからです 。
まだ体験していない方は、ぜひ以下のステップで楽しんでみてください。
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それでは、また次回の記事でお会いしましょう。電八でした!
なんとレゴブロックでヘイル・メアリー号が販売されています!!
最後まで読んでいただきありがとうございます。今回の記事は以上となります。
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