映画史において、1980年代前半という時代は「理屈抜きの娯楽性」が頂点に達したゴールデンエイジであった。その熱気と大らかさ、そしてコンプライアンスの概念すら疾走感の彼方に置き去りにした狂気を極限まで濃縮した金字塔——それが映画『キャノンボール』(原題:The Cannonball Run)である。
1981年に公開された本作は、単なるアメリカのコメディ映画という枠組みに収まらない。全米を横断する違法公道レースという過激な題材に、当時のハリウッドを代表するトップスターと、アジアから世界へ打って出ようとしていた若き日のジャッキー・チェン、さらには何台もの怪物級スーパーカーが集結した、まさにメガヒットの「お祭り映画」であった。
現代のハリウッドや映画業界を見渡したとき、このような作品が再び作られる可能性は限りなくゼロに近い。厳格化された安全基準、過度なコンプライアンス遵守、そして精密に計算されたCG主導のVFXアクション……。そうした現代映画のアンチテーゼとして、CGなし・CG合成なし・命がけの生身スタントと本物のエンジン音が轟く『キャノンボール』は、今なお色褪せない輝きを放っている。
※「キャノンボール」とは直訳で「砲弾」を意味します。特に金属製の丸い弾丸の事を言うそうです。転じて「砲弾みたいに勢いがある」と言う意味を込めて、いろんな名称に取り入れるようになったのだそう。もちろんこの言葉を世界的に普及させたのは本作シリーズです。
本作のプロットは驚くほどシンプルだ。「アメリカ東海岸(コネチカット州Darien)から西海岸(カリフォルニア州Redondo Beach)までの約5,000キロメートルを、最も速く駆け抜けた者が勝ち」。ルールは無し、スピード違反の取締りを行う警察やハイウェイ・パトロールの裏をかき、どんな手段を使っても構わない。
この極めて単純なフレームワークの中に投入されたのが、以下の「最強の娯楽方程式」である。
この単純明快な構造こそが、言語や文化の壁を軽々と超え、世界中で記録的なヒットを打ち立てた最大の要因であった。
しかし、「電八ぶろぐ」として本作を単なる「懐かしの80年代おバカ映画」として片付けるわけにはいかない。一見すると適当に撮影されたように見えるこのドタバタ劇の裏側には、アメリカの車社会と政治への反逆史、ジャッキー・チェンというアクション映画界の巨星の運命を変えた苦闘、さらにはハリウッドの安全基準(スタント)を根本から変革させた痛ましい事故という、極めて深い映画史的コンテキストが隠されている。
本記事では、海外の最新資料や撮影裏話、海外批評家たちのレビュー分析、そして劇中に登場する劇中車の詳細スペックまでを完全網羅。多角的な視点から『キャノンボール』という現象を紐解いていく。
映画『キャノンボール』の背景を知る上で最も重要な事実は、「この映画で描かれた違法レースは、ほぼ実話に基づいている」という点である。
映画の脚本を手掛けたブロック・イェーツ(Brock Yates)は、単なる劇作家ではない。彼はアメリカの権威ある自動車雑誌『Car and Driver』のエグゼクティブ・エディターであり、過激なカーマニアであった。
1970年代初頭、イェーツは全米を大陸横断する伝説の非公式レース「キャノンボール・ベーカー・シー・トゥ・シャイニング・シー・メモリアル・トロフィー・ダッシュ(通称:キャノンボール・ラン)」を発案・立ち上げた。
1971年にスタートした第1回レースにおいて、イェーツはル・マン24時間レースの覇者でありF1ドライバーとしても知られる伝説のレーサー、ダン・ガーニー(Dan Gurney)をパートナーに指名。彼らは1971年型ダッジ・トランスアム・バン(愛称:Moon Trash II)に乗り込み、ニューヨークのレドノ・ガレージからロサンゼルスのポルトフィーノ・インまでの3,000マイル(約4,800km)を、35時間54分という驚異的なタイムで走破し優勝を飾った。
「どんな瞬間であれ、我々は時速175マイル(約280km/h)を超えて走っていた。時速55マイルでダラダラ走るために作られたハイウェイなど、我々の敵ではなかった」 —— ダン・ガーニー(レース勝利後のコメントより)
この記録は、当時のアメリカの道路交通の常識を遥かに凌駕するものだった。
なぜブロック・イェーツらは、このような危険極まりない違法レースをスタートさせたのか? その背景には、1970年代のアメリカにおける政治的・社会的な不満があった。
1973年のオイルショックを受け、アメリカ連邦政府は燃料節約を名目に、全米の高速道路における最高速度を一律時速55マイル(約88km/h)に制限する連邦最高速度法(National Maximum Speed Law)を制定した。
しかし、広大な大陸を誇るアメリカにおいて、どこまでも続く真っ直ぐなハイウェイを時速55マイルで走り続けることは、多くのドライバーにとって「過度な規制であり、自由の侵害」と捉えられた。イェーツたちの「キャノンボール・ラン」は、単なるスピード狂の暴走ではなく、「スピード制限という政府の過剰介入に対する市民の反逆(Civil Disobedience)」という政治的・思想的メッセージを孕んでいたのである。
映画『キャノンボール』の中で、バート・レイノルズ演じるJJ・マクルーアとドム・デルイーズ演じるビクターが乗り込む「バンパーに医者を偽装したダッジの救急車」。実はこのエピソードも、100%実話である。
1979年に開催された本物の第5回(そして最後となった)キャノンボール・ランにおいて、脚本のブロック・イェーツと、後に映画の監督を務める伝説のスタントマン、ハル・ニーダム(Hal Needham)はチームを組んだ。
彼らは警察の検問を回避するため、実際に改造したダッジのTransvan救急車を購入。ハル・ニーダムの当時の妻を「輸血が必要な患者」役に仕立て上げ、サイレンを鳴らし、赤色灯を点滅させながら警察の追跡を煙に巻いて走破した。
映画で描かれた「サイレンを鳴らしてハイウェイ・パトロールを追い抜く」シーンや「偽の医師(劇中では狂気のドクター・ニキタス)を同乗させる」というアイデアは、ハル・ニーダムとブロック・イェーツ自身が実際の違法レースで実行した作戦そのものだったのである。
| 項目 | 詳細情報 |
| 原題 | The Cannonball Run |
| 公開年 | 1981年(全米公開:6月19日 / 日本公開:12月12日) |
| 監督 | ハル・ニーダム(Hal Needham) |
| 脚本 | ブロック・イェーツ(Brock Yates) |
| 製作 | レイモンド・チョウ(香港ゴールデン・ハーベスト) |
| 音楽 | アル・キャプス(Al Capps) |
| 興行収入 | 全米:約7,217万ドル / 世界累計:約1億6,000万ドル |
| 主要キャスト | バート・レイノルズ、ロジャー・ムーア、ファラ・フォーセット、ディーン・マーティン、サミー・デイヴィスJr.、ジャッキー・チェン、マイケル・ホイ、ドム・デルイーズ |
コネチカット州ダリアン。深夜の暗闇の中、全米各地から集まったスピード狂たちが静かにエンジンを始動させる。目指すは太平洋に面したカリフォルニア州レドノ・ビーチ。賞金と「全米最速」の栄誉をかけた無軌道なレース「キャノンボール」がスタートした。
上記の地図を見て頂くと分かりますが、まさにアメリカ大陸横断レースです!
主人公のレースプロモーター、JJ・マクルーア(バート・レイノルズ)と相棒のビクター(ドム・デルイーズ)は、警察の裏をかくために違法な救急車を仕立て、美女樹木医のパメラ(ファラ・フォーセット)を誘拐同然に連れ出して出走。
一方、彼らの周囲には、己をジェームズ・ボンドと思い込んでいる大富豪シーモア(ロジャー・ムーア)、神父の変装をした賭博好きの呑み助コンビ(ディーン・マーティン&サミー・デイヴィスJr.)、超ハイテク機器を搭載したスバルで挑む日本人エンジニアチーム(ジャッキー・チェン&マイケル・ホイ)、そして漆黒のランボルギーニ・カウンタックを駆る2人の美女(アドリアン・バーボー&ジーン・コリンズ)など、一癖も二癖もあるチームがズラリ。
警察のヘリコプター、道路封鎖、バイカー集団との過激な殴り合い、そして互いの足の引っ張り合い……。5,000キロに及ぶカオスな道中を制し、最初にタイムカードを押すのは誰なのか!?
[コネチカット州ダリアン(スタート)]
│
├── ハイウェイ・パトロールの追跡
├── 各チームの嫌がらせ&騙し合い
├── バイカー集団との大乱闘(ハル・ニーダム流アクション)
↓
[カリフォルニア州レドノ・ビーチ(ゴール)]
本作の製作を主導したのは、ハリウッドのメジャースタジオではなく、香港の映画会社ゴールデン・ハーベスト(嘉禾娛樂)のトップ、レイモンド・チョウ(鄒文懷)であった。
ブルース・リーの没後、ゴールデン・ハーベストは新たな国際的スターとしてジャッキー・チェンを擁立し、アメリカ市場開拓を狙っていた。その第一弾となった『バトルクリーク・ブロー』(1980)が全米で思うような成果を上げられなかったため、レイモンド・チョウが打った次の一手が、ハリウッドの大物スターが勢揃いする『キャノンボール』への出資と、ジャッキーの参戦であった。
しかし、当時のハリウッドにおけるアジアン・スターへの扱いは決して恵まれたものではなかった。ジャッキー・チェンはすでにアジア圏でトップスターであったにもかかわらず、本作では一歩引いた「変種のアジア人レーサー」としての配役を余儀なくされる。この悔しさとカルチャーショックが、後に彼が香港に戻り『プロジェクトA』や『ポリス・ストーリー/香港国際警察』を生み出す強力な反骨心へと繋がっていくのである。
本作に対する海外批評家たちの当時の評価は、実のところ壊滅的なものも少なくなかった。名物批評家のロジャー・イーバートは1/4つ星を与え、「映画としてのストーリーテリングを放棄している」と酷評した。
しかし、時を経て海外の映画ファンや現代の批評家たちが本作に与えている評価のキーワードは”Wacky”(奇妙で狂気じみた)と“Guilty Pleasure”(後ろめたいけれど大好きな快楽)である。
ある海外のレトロ映画評論は、現代の視点から本作を以下のように定義している。
「『キャノンボール』は作品としての完成度を議論するような映画ではない。それは1980年代という時代が持っていた純粋な陽気さと、スターたちがカメラの前で心から楽しんでいる空気をそのままフィルムに焼き付けた『タイムカプセル』なのだ」
当時の撮影現場は、映画のセリフにもあるように「毎日が大宴会」のような状態であったという。バート・レイノルズの強い意向により、過密なスケジュールの間にもキャスト陣には高級酒や豪勢な買い出しが振る舞われ、脚本の半分以上は主演たちの即興のアドリブで埋め尽くされた。この「現場の楽しさ」がダイレクトに画面から溢れ出していることこそが、本作が半世紀近く経った今も世界中で愛され続ける「wacky」な魅力の真実なのだ。
本作にまつわる無数のトリビアの中から、特に映画史的に興味深い事実を厳選して紹介する。
『キャノンボール』の真の魅力は、魅力的なキャラクターと彼らの愛車(チーム)の絶妙な組み合わせにある。各チームの背景と劇中での役割を詳細に解剖する。
【キャノンボール参加チーム構造】
┌──────────────────────────┬──────────────────────────┐
│ JJ & ビクター │ シーモア │
│ (救急車 / ダッジ) │ (アストンマーティンDB5) │
├──────────────────────────┼──────────────────────────┤
│ 日本人コンビ │ 酔いどれ神父コンビ │
│ (スバル・レオーネ 4WD) │ (フェラーリ 308GTS) │
├──────────────────────────┴──────────────────────────┤
│ ランボルギーニ美女コンビ (カウンタック LP400S) │
└─────────────────────────────────────────────────────┘
当時、全米ナンバーワンの興行収入スターであったバート・レイノルズと、彼の名相棒ドム・デルイーズの黄金コンビ。
JJは向こう見ずで野心溢れるドライバー。対するビクターは気弱なメカニックだが、極度のプレッシャーがかかると胸に「C」のマークがついたサテンのスーパーヒーロー「キャプテン・ケーオス(Captain Chaos)」へと変身する二重人格キャラである。
彼らが選んだマシンが「救急車」という発想の勝利。パトカーをやり過ごすために「緊急搬送中」のフリをし、車内には狂気の精神科医ドクター・ニキタス(ジャック・エラム)と、誘拐した美女パメラを「患者」として乗せるというカオスな作戦を繰り広げる。
当時、映画『007』シリーズの現役ジェームズ・ボンド役として絶頂期にあったロジャー・ムーアが、自パロディを演じるという奇跡的な配役。
彼の演じるシーモアは、「自分はロジャー・ムーア演じるジェームズ・ボンドである」と信じ込んでいるマザコンの大富豪。愛車のアストンマーティン・DB5には、煙幕、オイル噴射、さらにはリアから逆噴射する防弾プレートなど、本家007さながらの特殊ガジェットが満載されている。劇中、ボンドのテーマ曲に酷似したBGM(版権を回避した絶妙なアレンジ)が流れる中、美女を隣に乗せてスカした顔でドライブする姿は爆笑を誘う。
アジアの爆破的スター二人が夢の共演を果たしたチーム。しかし、ここで映画史的な問題が浮上する。香港人であるジャッキーとマイケルが、劇中では「日本人ドライバー」として配役されている点だ。
当時のハリウッドにおける東アジア観は非常に大雑把であり、「ハイテク技術を持つアジア人=日本人」という固定観念が強かった。劇中のスバル・レオーネには、当時としては画期的な暗視カメラ、コンピューター・ナビゲーション、ロケットブースターなどの「日本の最先端テクノロジー」が満載されていた。
ジャッキーはこの過剰にステレオタイプ化された役柄や、自分自身の得意とするカンフーアクションが正しく評価されないハリウッドの現場に強い葛藤と不満を抱いていた。しかし彼はプロとして徹し、夜間走行シーンで見事な暗視スコープ運転(および要所で見せるキレのある格闘技)を演じきったのである。
吹き替えはジャッキーはもちろん石丸博也。マイケル・ホイは広川太一郎の迷調子が素晴らしい!アドリブでやるって言うのだから、面白い!
以下は『新Mr.Boo!アヒルの警備保障』の吹き替え。
フランク・シナトラ率いる伝説のエンターテイナー集団「ラット・パック(Rat Pack)」のメンバーであるディーン・マーティンとサミー・デイヴィスJr.の共演。
彼らはカトリックの神父に変装し、聖書の中に酒瓶や賭けの道具を隠し持ちながら、真っ赤なフェラーリ・308GTSをぶっ飛ばす。警官に止められても「神の祝福を」と偽の説教をして免れるという、コンプライアンス無視の極致を行くキャラクター。彼らの醸し出す圧倒的な大人の「粋」と酔いどれの脱力感は、映画全体に華やかさを添えている。
映画のオープニング、漆黒のランボルギーニ・カウンタックがV12エンジンの爆音を轟かせながら警察のパトカーをあざ笑うかのように爆走するシーンは、映画史に残る伝説のオープニングの一つである。
胸元を大きく開けたセクシーなタイトスーツに身を包んだ2人の美女。彼女たちの作戦は至極シンプル。スピード違反で警官に止められるたびに、フロントファスナーを少し下げて笑いかけ、警官の鼻の下を伸ばさせて見逃してもらうという「色仕掛け作戦」である。このポップでお色気たっぷりの演出も、80年代アメリカ映画の象徴的な文脈と言える。
本作のもう一つの主役は、間違いなくスクリーンを疾走する世界の名車たちである。主要マシンのスペックと劇中での活躍を整理する。
【劇中車パフォーマンス比較】
┌──────────────────────────┬─────────────┬──────────────┐
│ 車種 │ 最高速度 | 特徴 │
├──────────────────────────┼─────────────┼──────────────┤
│ ランボルギーニ・カウンタック│ 約290 km/h | 12本出しマフラー、お色気作戦│
│ フェラーリ・308GTS | 約252 km/h | 神父コンビの赤い悪魔 │
│ スバル・レオーネ 4WD │ 約170 km/h | ハイテク装備、暗視スコープ │
│ アストンマーティン DB5 │ 約230 km/h | 007ガジェット搭載 │
└──────────────────────────┴─────────────┴──────────────┘
映画冒頭から圧倒的な存在感を放つ漆黒のマシン。劇中に登場するカウンタックLP400Sは、フロントに巨大なウイングを装着し、リアには通常ではあり得ない「12本出しマフラー」がカスタム装備されていた。
この12本マフラーは実際には一部がダミーであったが、視覚的・聴覚的インパクトは絶大であり、当時の子供たちや車ファンに「カウンタック=スーパーカーの王様」という決定的な印象を植え付けた。
ジャッキー・チェンとマイケル・ホイが駆るマシン。当時のアメリカ市場において、スバルは「四輪駆動(4WD)のパイオニア」として着実に信頼を得つつある時期であった。
劇中車は、ロケットブースターによる一時的な超加速機能や、液晶モニター画面(当時はカーナビゲーションなど存在しない時代)を備えた最先端SFマシンとして描かれた。日本車の「壊れにくくハイテク」というパブリックイメージを決定づけた1台である。
1st『キャノンボール』でのスバルに続き、続編『キャノンボール2』ではジャッキー・チェンの愛車として三菱・スタリオン(Starion Turbo)が登場する。
本作でのスタリオンの改造ぶりはさらにエスカレートしており、スイッチ一つで車体が完全密閉され水中を潜水艇のように進む機能や、車体下部から油圧ジャッキが伸びて他の車を飛び越える機能など、もはや『マッハGoGoGo』のリアル版とも言える破天荒な活躍を見せた。
ディーン・マーティンらが乗る「フェラーリ・308GTS」は、当時TVドラマ『私立探偵マグナム』でも大ヒットしていたホットなスポーツカー。美しく流麗なボディラインとV8サウンドがスクリーンに響き渡る。
ロジャー・ムーアの「アストンマーティン・DB5」は、映画『ゴールドフィンガー』などで実際に使用されたボンドカーの仕様を意識した完璧なプロップカーであり、クラシックカーとしての気品とガジェットの痛快さを完璧に両立させていた。
映画『キャノンボール』は腹を抱えて笑えるコメディ映画だが、その裏側にはハリウッドの映画製作史を永遠に変えてしまった痛ましい悲劇と、現代のアクション映画に多大な影響を与えた画期的な演出の誕生が存在する。
1979年6月25日、ニュージャージー州での撮影中、映画史に残る痛ましいスタント事故が発生した。
24歳の新進気鋭のスタントウーマン、ハイディ・フォン・ベルツ(Heidi von Beltz)は、アストンマーティン・DB5の助手席に乗り込み、対向車をかわすスタントシーンの撮影に挑んでいた。しかし、スタント車両のブレーキペダルが故障し、マシンは時速80キロ以上で煙幕製造車に正面衝突。
ハイディはシートベルトを着用していなかった(あるいは撮影用の特殊セッティングのために外されていた)ため、車内で頸椎を激しく損傷し、全身麻痺の重傷を負うこととなった。
[スタント車両(アストンマーティン)] ──(ブレーキ故障/時速80km)──> [機材車両へ衝突]
│
[ハイディ氏が全身麻痺の重傷]
│
[ハリウッド全域で安全基準が激変]
・シートベルト着用の義務化
・保険補償額の引き上げ
・スタント現場の監督強化
この凄惨な事故はハリウッド全体に大激震を与えた。彼女の家族は映画製作会社や機材会社を相手取って多額の損害賠償訴訟を起こし、勝利した。この裁判をきっかけに、ハリウッドにおける「スタント撮影時のシートベルト着用義務化」「危険スタントにおける安全装置の二重化」「スタントパーソンに対する高額保険の加入義務」が法律および組合規約として厳格に定められることとなった。
私たちが現在、安全に配慮されたアクション映画を楽しめる背景には、この『キャノンボール』の現場で起きた悲惨な事故という「陰の歴史」が存在するのでである。
映画『キャノンボール』のエンドクレジットには、NGカットや NGシーンをコミカルに編集した「ブルーパー・リール(Blooper Reel / NG集)」が流れる。そして、この演出こそが、後にアジア映画界、そして世界のアクション映画のあり方を大きく変えることとなった。
映画『キャノンボール』シリーズとジャッキー・チェンの代名詞とも言える「NG集」には、映画史に残る興味深い秘話がある。ジャッキー・チェンが自身の監督・主演作の最後に「NG集」を流すようになったのは、まさにこの『キャノンボール』がきっかけなのである。
『キャノンボール』の監督ハル・ニーダムは、元々ハリウッドのトップスタントマン出身であり、エンドクレジットに「ブルーパー・リール(NG集)」を流す手法を自身のトレードマークとしていた(『トランザム7000』等でも使用)。ジャッキーはこのアイデアに非常に強く触発された。
ジャッキーは、本作の試写会でエンドクレジットのNG集を見た際、観客が大爆笑し、映画が終わった後も誰も席を立たずに拍手を送る光景を目撃して衝撃を受けた。「撮影の失敗、苦痛、そしてNGの笑いさえも極上のエンターテインメントにする」というこの手法を痛烈に気に入り、香港に戻った後の1982年の主演映画『ドラゴンロード』(龍少爺)から、自身の映画の恒例行事として本格的に導入を開始した。
[ハル・ニーダム監督のNG集演出] ──(衝撃を受ける)──> [ジャッキー・チェン]
│
1982年『ドラゴンロード』より香港映画へ全面導入
│
[「命がけのリアリティと人間味」の証明ブランド化]
その後、ジャッキーの映画においてNG集は単なる「失敗談のおまけ」ではなくなった。それは「CGもスタントダブル(吹き替え)も使わず、ジャッキー・チェンという男がいかに命がけで本物のアクションをこなし、骨を折りながら映画を作っているか」を観客に証明する、彼の映画ブランドにおける最も重要なアイデンティティとなったのである。
本作のエンドクレジットに流れるNG集には、主演のバート・レイノルズとドム・デルイーズが笑いを堪えきれずに吹き出したり、セリフを忘れてアドリブで言い分けたりする絶妙な掛け合いが収められており、当時の撮影現場の和気藹々とした楽しげな雰囲気を雄弁に伝えている。
また、前述の通りジャッキーが本作に出演した際、日本人役として配役されたことには心の中に複雑な思いを抱いていた。
ジャッキーは生粋の中国人であるが、映画ではハイテク機器を駆使する日本人エンジニアという大雑把な設定であった。彼は、自分自身の本当の魅力や生身のアクションを正しく理解・表現してくれないハリウッドのやり方に深い焦燥感と不満を感じていた。しかし当時はまだハリウッドで自分のスタイルを押し通すだけのパワーがなく、プロフェッショナルとして与えられた役を完璧に演じきった。
この時の悔しさが、後のジャッキーが香港で『プロジェクトA』や『ポリス・ストーリー』を爆発的大ヒットさせ、自らの力でハリウッドに再降臨し『ラッシュアワー』で完全なる「自分自身のやり方」を確立するための、最大の原動力(リベンジへの決意)になったと言われている。
このように、『キャノンボール』はジャッキーにとって、ハリウッドでの不遇や苦い経験であると同時に、後の彼の映画スタイルを決定づける「NG集」という最大の遺産を受け取った、運命の分岐点であったのだ。
| 項目 | 詳細情報 |
| 原題 | Cannonball Run II |
| 公開年 | 1984年(全米公開:6月29日 / 日本公開:12月15日) |
| 監督 | ハル・ニーダム(Hal Needham) |
| 製作 | レイモンド・チョウ(香港ゴールデン・ハーベスト) |
| 興行収入 | 全米:約2,800万ドル |
| 新キャスト | フランク・シナトラ、シャーリー・マクレーン、テリー・サバラス、リチャード・キール、オランウータン(アーノルド) |
前作の大ヒットを受けて制作されたメガヒット続編。前作で敗北したアラブの富豪の息子・シーク(ジェイミー・ファー)が、父からの叱責を受け「真の王者を決める」ために自ら100万ドルの賞金を拠出して第2回キャノンボールを開催!
今回のコースは前作と逆回りとなる「西海岸カリフォルニアから東海岸ニューヨーク」への約5,000キロ。JJ(バート・レイノルズ)とビクター(ドム・デルイーズ)は、今度は「軍用の送迎車」に変装して参戦。修道女に変装した美女コンビ(シャーリー・マクレーン&キャサリン・バッハ)、さらには謎のマフィア集団までが入り乱れ、前作を遥かに超えるカオスなレースが幕を開ける。
『キャノンボール2』最大の映画史的トピックは、アメリカエンターテインメント界の巨頭フランク・シナトラ(Frank Sinatra)の出演である。
ディーン・マーティン、サミー・デイヴィスJr.、そしてフランク・シナトラ。かつて1960年代のラスベガスを支配した伝説のエンターテイナー集団「ラット・パック」の主要メンバーがスクリーン上に揃い踏みを果たした作品は、実質的にこの『キャノンボール2』が最後となった。シナトラが画面に登場するだけで漂う圧倒的な大物感とカリスマ性は、映画のストーリーを完全に凌駕する存在感を放っていた。
海外の映画データベースや批評サイトにおいて、『キャノンボール2』に対する評価の定型句となっているのが”Flawed, but undeniably fun”(欠点だらけだが、文句なしに楽しい)という言葉である。
英語圏のレトロ映画レビュー記事では、本作の構造が以下のように分析されている。
「映画的なテンポやプロットの整合性は前作以上に崩壊している。しかし、映画ファンはもはや『優れたストーリー』を求めてこの映画を見ているわけではない。我々が見たいのは、フランク・シナトラが威厳たっぷりにアドリブをかまし、ジャッキー・チェンがハイテクな三菱スタリオンで暴れ回り、バート・レイノルズが笑顔でスクリーンを駆け抜ける姿そのものなのだ」
前作以上に「大人の学園祭」感が強まった本作は、映画の完成度という基準を捨て去り、純粋なエンターテインメントとして割り切ることで真価を発揮する作品と言える。
本作を語る上で避けて通れないのが、劇中でキャデラックを運転するオランウータンの「アーノルド」の存在だ。
中指を立てて警察を挑発し、実際にハンドルを握ってシフトチェンジを行いながらハイウェイを爆走するオランウータンの姿は、現代の動物愛護基準や映画撮影コンプライアンスでは間違いなくアウト(あるいは全編CG処理)となる表現である。
しかし、こうした「思いついたバカ要素をそのまま力技で実写撮影してしまう」という過剰なエネルギーこそが、80年代ハリウッド映画の持っていた魅力の原動力であったことは疑いようがない。
『キャノンボール2』から5年後の1989年、シリーズ第3弾となる作品が公開された。しかし、日本の劇場公開タイトル『キャノンボール3 新しき挑戦者たち』に対し、全米での原題は『Speed Zone』(またはCannonball Fever)という別タイトルであった。
なぜこれほどまでにスタイルが変化したのか? 最大の理由は、主要キャストとスタッフの完全なる総入れ替えである。
バート・レイノルズ、ドム・デルイーズ、ハル・ニーダム監督というシリーズの「顔」であったトリオが降板。前作までの配給・製作を仕切った香港ゴールデン・ハーベストも手を引き、カナダの投資法人主導による低予算製作へと舵が切られたのだった。
| 項目 | 詳細情報 |
| 原題 | Speed Zone(別題:Cannonball Fever / Cannonball Run III) |
| 公開年 | 1989年(全米公開:4月21日 / 日本公開:12月16日) |
| 監督 | ジム・ドレイク(Jim Drake) |
| 主要キャスト | ジョン・キャンディ、ブルック・シールズ、カール・ルイス、ピーター・ボイル、アリッサ・ミラノ |
主演に抜擢されたのは、80年代後半に『ブルース・ブラザース』『おじさんに冷たい手袋』などで大人気を博していたコメディ界の巨漢スター、ジョン・キャンディ(John Candy)であった。
物語は、キャノンボール・ランの開催前夜、過激な取締りを行う警察によって本物のレーサーたちが全員逮捕されてしまうという事態から始まる。困り果てた主催者は、観客や偶然居合わせた素人たち(駐車場の係員、落ち目のヒッチハイカー、お調子者の一般人)を身代わりのドライバーとして急遽レースに出走させる。
前作までの「プロレーサーや大富豪たちの豪快なレース」から、「一般の素人たちが巻き込まれるドタバタ珍道中」へとシフトしたことで、作品のスケール感は縮小したものの、ジョン・キャンディ特有の「憎めない愛されキャラ」による温かみのあるユーモアが全編を包み込んでいる。
キャストが一新されたとはいえ、本作にも80年代末のポップカルチャーを象徴する謎の豪華ゲストが多数出演している。
映画としての評価はシリーズで最も低いものの、「水面をジャンプして切り抜けるランボルギーニ・カウンタック」の空中水切りスタントなど、一部のVFX・実写スタントシーンは現代のカーアクションファンからも高く評価されている。
『キャノンボール』シリーズが遺した文化的遺伝子(DNA)は、単に映画界にとどまらず、ゲーム業界や現代のポップカルチャー全体に深く根を張っている。
【『キャノンボール』が与えた文化的影響(レガシー)】
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│ 映画『ワイルド・スピード』シリーズ │
│ └─ 多国籍キャスト×カスタムカー×公道レースの基本フォーマット │
├─────────────────────────────────────────────────────────────┤
│ セガの伝説的アーケードゲーム『アウトラン』(OutRun) │
│ └─ 赤いフェラーリで美女を隣に乗せて爽快にドライブする世界観 │
├─────────────────────────────────────────────────────────────┤
│ クエンティン・タランティーノ監督への強い影響 │
│ └─ 『デス・プルーフ』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』│
└─────────────────────────────────────────────────────────────┘
現在、世界中で爆発的なヒットを続ける映画『ワイルド・スピード』シリーズ。ストリート・レースから始まり、多国籍なキャストが集結し、回を追うごとにスケールが巨大化していくサクセスストーリーの「原点」こそが『キャノンボール』である。
豪華な車、魅力的なチーム、そして何より「理屈抜きで仲間(ファミリー)が集まってバカ騒ぎをする」という娯楽映画の真髄は、『キャノンボール』から『ワイルド・スピード』へと明確に受け継がれているのである。
1986年にセガから発売され、アーケードゲーム史に金字塔を打ち立てた名作ドライブゲーム『アウトラン』(OutRun)。開発者の鈴木裕氏が名作『キャノンボール』から強いインスピレーションを受けたことは広く知られている。
真っ赤なオープンカー(フェラーリ・テスタロッサ風)の運転席に座り、金髪の美女を助手席に乗せ、陽気なBGMをバックにアメリカの広大な道路を駆け抜けるという『アウトラン』の世界観。これはまさに映画『キャノンボール』のオープニングシーンや、フェラーリ/ランボルギーニチームの空気感をそのままインタラクティブなゲーム体験へと昇華させたものに他ならない。
ハリウッド屈指の映画オタクとして知られるクエンティン・タランティーノ監督もまた、『キャノンボール』を生涯の愛読書(愛好映画)として挙げている一人である。
タランティーノのグラインドハウス映画『デス・プルーフ in グラインドハウス』(2007)に登場するスタントマンの描写や、CGを嫌い本物の車と本物のスタントにこだわる姿勢は、ハル・ニーダム監督への直接的なオマージュである。
さらに、タランティーノの傑作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)において、レオナルド・ディカプリオ演じる落ち目の落ち目俳優リック・ダルトンと、ブラッド・ピット演じる絆の強いスタントマンのクリフ・ブースの関係性は、「バート・レイノルズとハル・ニーダムの実生活における固い友情」をそのままモデルにして描かれたものである。
過度な自主規制やSNSでの炎上リスク、そして洗練されたCG技術によって「整いすぎた」現代のエンターテインメント界において、映画『キャノンボール』が放つ野生的なエネルギーは、今なお新鮮な解放感を与えてくれる。
本物のV12エンジン音、命がけで挑んだスタントマンたちの汗、スターたちがカメラの前で見せる本気の笑顔、そして「速く走ることは楽しい」という身も蓋もない原始的な欲望。
『キャノンボール』を見るという体験は、私たちがいつの間にか身につけてしまった「正しさの鎧」を脱ぎ捨て、少年少女のような無邪気さでスクリーンに向き合う時間を与えてくれるのだ。
| 作品名 | 公開年 | 見どころ・注目のポイント |
| キャノンボール | 1981年 | シリーズ最高傑作! カウンタックのオープニングとジャッキーの原点。 |
| キャノンボール2 | 1984年 | ラット・パック最後の集結。フランク・シナトラと潜水スタリオン! |
| キャノンボール3 新しき挑戦者たち | 1989年 | ジョン・キャンディ主演。80年代末のゆるいコメディ感を楽しむ1作。 |
2026年現在、映画『キャノンボール』シリーズは以下の方法で楽しむことができる。
週末の夜、冷えたビールとスナックを用意して、頭を空っぽにした状態で『キャノンボール』のアクセルを踏み込んでみてほしい。そこには、映画が最も自由で元気だった時代の「本物の熱狂」が待っているはずだ!
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