A24(エートゥエンティフォー)という会社が、社運を賭けて5000万ドルを投じて製作された作品として話題に。
なぜ、社運を賭けるようなことになったかというと、『ボーはおそれている』が大コケしてしまったためです。
さらに言えばハリウッド作品などに比べれば5000万ドルは決して大きな金額ではありませんが、A24的にはかき集めるだけかき集めた最大限の資金額となります!
そして、公開されてからは評価爆上げ状態で全世界から「すごい!!」と言われています。
何がすごかったのかを、かいつまんで見ていきましょう。
※注意:この記事にはネタバレが多分に含まれています。作品をご覧になっていない方にはオススメできません。
2024年公開、アレックス・ガーランド監督作品。アメリカとイギリスのスリラー。
「もし今、アメリカが2つに分断され、内戦が起きたら―――」というIF(イフ)の世界を描いています。
ある種、SF作品とも言えます。
世界的に大ヒットして、ロングラン上映されました。
連邦政府から19もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる“西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。「国民の皆さん、我々は歴史的勝利に近づいている——」。就任 “3期目”に突入した権威主義的な大統領はテレビ演説で力強く訴えるが、ワシントンD.C.の陥落は目前に迫っていた。ニューヨークに滞在していた4人のジャーナリストは、14ヶ月一度も取材を受けていないという大統領に単独インタビューを行うため、ホワイトハウスへと向かう。だが戦場と化した旅路を行く中で、内戦の恐怖と狂気に呑み込まれていくー
Filmarksより引用
撮影用に使用される銃砲をステージガンと言います。
ステージガンは空砲で音を発するのですが、通常は「パン!パン!」と軽く小さな音がして、音としてはかなりショボいです。
しかし、今作はステージガンに使用する火薬の量を、本物の銃と同じ量を使用しています。
そのおかげで、ものすごい銃撃音になっています。
役者が音を聴いて、ビクっっ!!としていますが、これは本当に音にビックリして思わず出た動きだそうで、すごくリアルに見えます。
また、あまりの爆音に撮影中に何度も通報されて、警察が撮影現場に事情を聴きに来てしまったほどだったそう。
これをIMAXシアターで体験したら、本当にすごい体験になったと思います。
いろんな音声には波がもちろんあります。
今作の音声はわざと人が不快だと感じるポイントに合わせて音のピークを合わせているのだそうです。
不快感を感じるようなシーンやカットにドンと音が圧力を増すので非常に、心にプレッシャーを与える効果があります。
もちろん、波があるのでその落差で、全体的に緩やかなテンポで語られているのに緩急が付いてグッとしまった感じの印象を受けます。
なぜ、アメリカ国内で大きな分断が起き、その結果内乱にまで発展してしまったのか?
実はこの事はほとんど描かれていません。
それはなぜかというと、実際にその場にいる人間にとってその理由はほとんど意味を為さないからです。
それよりも、戦争状態の中の人々の感情や考え方の動きを出来るだけリアルに描くという事に注力した結果でしょう。
それもカメラの目線が自分たち観客を戦地にいるかのような錯覚をさせてしまう効果があるのだと思います。
非常にショッキングで恐ろしい体験をすることになります。
劇中ではあまり語られていないのですが、ファッション雑誌のヴォーグと戦場カメラマンって取り合わせに「???」ってなっている人も多いと思います。
しかし、実はネタ元がちゃんと存在します。
リー・ミラーは実在した人物で非常にスタイルも良く美人のファッションモデルであり、ファッション雑誌ヴォーグの表紙を飾った事があります。
彼女は第2次世界大戦の時に、戦場カメラマンとして自ら戦場へと足を向け、数々の写真を撮りヴォーグ誌に送り続けます。
彼女は歴史的に優れた実績を残した戦場カメラマンでもあります。
ナパーム弾が初めて使用された様子を撮影したのも彼女ですし、さらにヒトラーのアパートのバスタブで撮った写真が世界的に有名になります。
戦場や収容所などの遺体に引き込まれるようなところもあったそうです。
ちなみにこの写真は、今作のキルステン・ダンストに似ていますよね。
彼女以外にも女性の戦場カメラマンはこの頃何人かいて、彼女たちの部分部分を主人公リーに投影させています。
キルステン・ダンストは元々モデルやアイドル的な女優であり、可愛さや美しさを売りとしていました。彼女が演じるリー・スミスはヴォーグの表紙を撮影したことがあるファッションカメラマンが戦場カメラマンとなっている設定なのは、実在のリー・ミラーを投影させるための設定となっています。
キルティン・ダンストもヴォーグの表紙を飾った事があります。つまり彼女が「リー」という戦場カメラマン(しかもヴォーグ誌の表紙撮影していたカメラマン)を演じるわけです。
表紙を飾ったふたりが、戦場カメラマンとなって、戦場に引き込まれるように写真を撮りまくるという幾重にも重ね合わせた意味があります。
もちろん、ジェシーが憧れているリー・ミラーが活躍していた頃はモノクロのフィルムカメラしかなかったからです。
だからこそ、現像液をシェイク(?)するシーンなど手作業での現像もやります。
そして、ジェシーはリー・ミラーと同じようにどんどん戦場に、爆弾が破裂している現場や銃弾が飛び交う現場に飛び込んでいきます。
そして、ジェシーは戦場の狂気に触れていくうちに、あどけない少女から獲物(いい写真)を求める鋭い目つきの肉食獣のような顔つきになっていきます。
その昔、リー・ミラーがフィルムカメラで撮影していた時と似たような経験をしていく訳です。
物語が進むにつれて、戦場の狂気に当てられて皆、おかしくなっていきます。
しかしただひとり、むしろ人間性を取り戻す人物がリーです。
戦場カメラマンは目の前に死んでしまいそうな人がいても助けずにそれを記録するというのが仕事です。
しかし彼女はだんだん、カメラを構えることが出来なくなっていきます。
最後はジェシーをかばって銃弾に倒れてしまいます。
実在のリー・ミラーや女性戦場カメラマンたちは戦場でだんだん人間性を失い、死体だろうが、解放された収容所の中にいた人々の惨状なども淡々と記録していました。
人間性を取り戻しカメラを構えることが出来なくなっていくリーと、実在した女性戦場カメラマンたちのように人間性を失っていくジェシーを対照的に描いています。
「SFは、外宇宙ではなく人間の内側という内宇宙を見つめるべきである」と語ったニューウェーブSFの旗手J・G バラードの作品をガーランド監督はよく読んでいたそう。
「破滅三部作」と呼ばれる、『沈んだ世界』『燃える世界』『結晶世界』の三作品は破滅していく美しい世界を描いています。
世界の破滅を描くという点で今作に盛り込まれています。
今作は物語の構造が特に『結晶世界』と似ています。
今作は現代アメリカが内乱で破滅していく様をJ・G バラード風味で描かれている事が分かります。
ラストのスタッフロールに入る前に映るモノクロの写真はジェシーが撮影した写真であることは流れでわかります。
しかしこれ、大統領の遺体を前に笑顔で記念撮影した写真なんですよね。
それが分かると本当に戦争は人を狂気に駆りたて、最終的にどんな残酷なことも笑顔で出来てしまうようになってしまうというメッセージになっています。
同時にかばって倒れたリーを見捨てて、こんな記念写真をジェシーが撮影できてしまったのは、ジェシーのいわゆる人間性が失われてしまった事を意味しています。
本当に恐ろしい写真です。
そしてこの写真も元ネタがあります。
それは麻薬王エスコバルの遺体を前に笑顔での記念写真です。構図もそのままですね。
さらに麻薬王エスコバルを追い詰める時の映像が残っているんですが、これが今作においてホワイトハウスへの突入シーンで再現されているのだそうです。
音楽についてもなんだかクセのある使い方をしています。
人が死んでいくシーン、山が燃え上がるシーンなどで流れる残酷さや恐ろしさにそぐわない、のどかであったり穏やかであったりポップであったりする音楽。
もちろん監督の好みを反映しています。
ラストの記念写真の時に流れるピコピコいうゲーム音楽のような曲は「ドリーム・ベイビー・ドリーム」という曲です。
この曲は2016年にイギリスBBC制作の2時間半もあるTV番組『ハイパー・ノーマライゼーション』で使用されていた曲をそのまま使用したのだそうです。
タイトルの「ハイパー・ノーマライゼーション」は「日常化バイアス」と訳される言葉です。
何か重大で変な事が起きていても、何も起きていなかったフリをする事を意味します。
この番組ではソ連の崩壊していく、内情を描いたドキュメンタリー番組でした。
内容としては「実はすでにソ連は崩壊してた!」というのを認識するまでを証拠映像などを使って解説する番組です。
つまり「アメリカは実はこんなにヤバい事にいつなってもおかしくない!」というのに人々は気が付いていない事を皮肉ってもいるわけです。
流れている曲と兵士たちの笑顔がまるで『フルメタル・ジャケット』のラストを彷彿とさせます。
主人公一行は、大統領のインタビューを撮るために大統領が暗殺されてしまう前に会うために、ワシントンD.C.のホワイトハウスを目指します。
「PRESS」と書かれた自動車で仲間と共に長い旅をすることになるんですね。
危険地帯を避けるために遠回りのルートをとりますが、各地で戦闘が行われたり、いろいろな経験をしていきます。
危険を共にし、狂気に触れることで、仲間意識からだんだん歪な家族のような絆が彼らの中に生まれてきます。
跳ねっ返りのジェシーをみんな可愛がるのですが、彼女は狂気にさらされる事でだんだん「死」に対して鈍感になっていきます。
危険な状態でも撮影を止めず、兵士に「さがれ!」と怒鳴られることも回数が多くなっていきます。
ロードムービーは人の成長を描くことが多いのですが、今作ではジェシーの変貌していく姿を描いているのかもしれません。
などなど、監督の好きな人や作品をコラージュした作品に仕上がっています。
お金をかけてやりたい放題やった作品だと言えるでしょう。
「戦争」と「内乱」は何が違うのかというと、
つまり、内乱が起きると誰が敵で誰が味方なのか非常に分かりづらいということです。
「どの種類のアメリカ人だ?」というセリフにはそういった意味も含まれていて、種類が違っていたら敵という事で撃たなければ撃たれるという緊張感を持つという事です。
まともな事を言っているようで、非常に恐ろしい事を普通のテンションで話す人が結構出てきます。
そして、人との関係で無関心というのが最も恐ろしい事なのだと分かってきます。
戦闘を行っている人は人の命に無関心になっていきます。
だから簡単に何気なく、何の関係もない人を撃ってしまいます。
また、アメリカという国が大変なことになっているという事に関りを持たないという選択をした人々も、戦場でのひどい出来事などは自分にとってかかわりのない事と無関心を装います。
人々が極度の緊張感の中、戦い、逃げ惑い、怒り、悲しむ事に無関心でいる人々の覇気のないヘラヘラした笑顔が本当に怖いです。
狂気に満ちた人々の写真を撮影しながら旅を続けるリーたちも、だんだん狂気に当てられて顔つきまでも変わっていきます。
そして、人が死ぬ時にも関わらずにのんびりした曲や可愛らしい曲、およそ戦いや争いにそぐわない曲が流れてきます。恐ろしいことが起きているのに景色までが美しく見えてしまうような演出が為されています。
起きている事とのギャップがより恐ろしさを際立たせる効果があります。
特にラストの大統領の遺体を前に記念撮影した写真の兵士たちの笑顔には映画『フルメタル・ジャケット』と同じような狂気に満ちた恐ろしさを感じました。
一言で表すなら「ホントにすごい!」って言葉だと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。今回の記事は以上となります。
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